Prof. Harrow を惜しむ

弊ブログでもご紹介したことのある、抗精神病薬の無期限な投与に対する批判的研究であるシカゴ・スタディを率いておられた、イリノイ大学シカゴ校精神医学教室の特別名誉教授 Martin Harrow 先生が亡くなられたことを知りました。

弊ブログでの記事は次の通りです「抗精神病薬の長期投与と就労機能」⇒
https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2017/07/20/blog-169/

もうひとつ「初発統合失調症者への維持治療に関する追跡研究」⇒
https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2013/12/19/blog-1369/

またHarrow先生は、シカゴ・スタディによる追跡研究のデータを活用し、統合失調症の予後、リカバリー、抗精神病薬治療の経過研究に多大な貢献をされました。いくつかの論文ではデータに基づき、統合失調症を含む精神病性障害に対する従来の理解を覆すようなデータや所見を提出し、それまでの学問的常識に疑問を投げかけ、、統合失調症における回復についての考え方を変えてこられました。シカゴ追跡研究は今日に至るまで、科学としての精神医学に議論を促進し続けており、これからも続くことが期待されています。

2007年の論文でHarrow先生たちは、抗精神病薬の服用を中止する可能性が高いのは「予後良好」な統合失調症者であり、この予後の違いが抗精神病薬を中止した患者の回復率をはるかに高めた理由であることを指摘していました。つまり、抗精神病薬が長期予後を悪化させるのではなく、むしろ、すべての統合失調症者に長期にわたる抗精神病薬投与を行う必要はないことが示されたわけです。これは、もともと統合失調症(当時の精神分裂病)の3分の1は予後がよい、というBleuler先生の観察を精神科医たちにもう一度思い起こさせるという点で、重要な研究でした。

Shicago Study のついてのまとめプレゼンでWEBで閲覧できるものがみつかりました⇒

https://openexcellence.org/wp-content/uploads/2015/04/Martin-Harrow-Yale-Presentation_April-2015-Final.pdf

Harrow先生はその後の2017年に139人の初発精神病者に対する20年間の追跡調査を発表し、抗精神病薬は急性入院時の統合失調症のほとんどの患者の重大な精神病を軽減もしくは改善しますが、4年後、20年のフォローアップ期間まで継続的に抗精神病薬を処方されていない統合失調症の患者は、有意に優れた就労機能を示し、この縦断的データでも抗精神病薬による統合失調症の長期治療について疑問が投げかけられていると指摘しました。さらに2021年にも論文を発表し、同じ研究参加者において、交絡因子を調整した場合でも、初発2年より後に、抗精神病薬を服用していない統合失調症の人は、抗精神病薬を処方された参加者よりも処方されていない参加者の方が予後がよいことを示しました。服薬なしと服薬ありを比較しての調整オッズ比では、リカバリーが5.989(95%CI 3.588-9.993)、再入院が0.134(95%CI 0.070-0.259)というものでした。

Psychological Medicine 誌に追悼文が掲載されていました。
https://www.cambridge.org/core/journals/psychological-medicine/article/in-memoriam-martin-harrow-phd- 19332023/44D758F5F1A4CF2934A6EAFC8BD7E71C

May his soul rest in peace.

  

 

最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。