疾患中心モデルと薬剤中心モデル

https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2023/07/20/post-74786/ の弊ブログでもご紹介しましたが、来る8月5日(土)にJ.Moncrieff教授の来日シンポジウムを聴講するにあたって、事前学習をしました。

※ https://peatix.com/event/3613028/view より画像をお借りしています

J. Moncrieff:Research on a ‘drug-centred’ approach to psychiatric drug treatment: assessing the impact of mental and behavioural alterations produced by psychiatric drugs. Epidemiology and Psychiatric Sciences (2018), 27, 133–140
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6998955/

 J. Moncrieff教授はこの論文で、精神科治療薬がどのように作用するかについての代替的理解を提唱しました。つまり、精神科治療薬により根本的な脳の異常を修正することによって作用するとする現在の「疾患中心モデル」の代わりとして「薬物中心モデル」を提唱し、精神科治療薬が正常な脳のプロセスを修正することによって、精神状態や行動にどのような影響を及ぼすかを強調し、その結果生じる変化は、精神障害の症状を構成する感情や行動の問題に影響を与える可能性がある、というものです。

 神経化学および薬物比較試験によるエビデンスからは、薬物作用の疾患中心モデルを確証するものは得られませんでした。精神科治療薬には精神や行動を変化させる作用があることを認めている薬物中心モデルでは、様々な種類の薬物によって生じる変化を、急性・長期を問わずすべて特定し、それらが様々な精神障害に関連する症状や問題とどのように相互作用するかを明らかにする研究が必要であることを示唆しています。そのためには、詳細な動物実験やボランティア研究、長期にわたる薬物治療を受けた患者からのデータ、さらに症状だけでなく幸福感や機能に対する薬物誘発性変化の全体的な影響を調べるプラセボ対照試験や比較試験、また、薬物治療の機能を果たす代替方法についての研究も必要だと筆者は述べています。そして、病気を治療するためではなく、行動を修正するために薬物を使用することの道徳的側面は、誠実で透明性のある考察が必要であるとも記しています。

 この論文は薬剤中心のアプローチは、処方のあり方、患者と処方者の関係を変えるといっています。疾患中心のモデルでは、処方は主に診断と病気の病因に関する仮説によって進められますが、これとは対照的に、薬物中心のアプローチでは、薬物による精神的・行動的修飾がどのような場合に有用であるかの判断に重点を置くことになります。研究データは、薬物による作用の性質や様々な結果に対する影響について、医師と患者に情報を提供することができますが、薬物の有用性は、各個人がそれぞれの特定の状況において、薬物による身体・精神的反応の全ての範囲の経験を評価することによってのみ確立することができると述べています。

 薬物中心モデルは、精神科医が薬物療法が効果的でなかったり有害であったりする場合に、場合薬物療法を合理化・削減し、不適切な処方に抵抗できるよう支援することができるといいます。医師は処方を期待されていると感じることが多く、患者によっては処方=自分の苦しみを認めている、処方をしないこと=否定しているとみなす人もいるとありますが、そのように思われているのではないか、と感じることもあります。疾患中心モデルは、このような期待を強めるっことにより医師の力を高め、相対的に受け身になっているご本人は薬物療法の複雑化に陥ってしまうとされますが、対照的に、薬物中心モデルは、薬物療法が解決に不可欠であるとの期待を高めることなく、薬物療法の潜在的な利点を探求する方法を提供することができるとモンクリフ教授は述べています。それは解決策の重要な部分であり、投薬が意図する機能を果たすための非薬理学的方法を検討する上で不可欠な部分であるという意見には同意します。

 薬を処方する/しない医師を高いところにおいて「専門家」の指導を受けるのではなく、自分の健やかさを維持し回復するための多くの引き出しの中から、お気に入りの方法をみつけるプロセスに医師は寄与できると思いますし、弊法人の精神科薬物療法サポートセンターは、医師やご本人や周りの方にお役立ていただけることを望んで設置されています。

 J.Moncrieff教授のお話をうかがえることを楽しみにしています。

 

 

最後までお読みいただいた方、ありがとうございました