ここは今から倫理です(4)カント

 毎週土曜の夜のNHKドラマ「ここは今から倫理です」を視聴しています。NHKの公式サイトはこちらです。
 https://www.nhk.jp/p/rinri/ts/WKL8N2Z561/

 2月6日の第4回は、兄が薬物にかかわっているのを知りながら、薬物売買の手助けをしていた男子生徒が、「お前の兄貴が薬をもって逃げた」と半グレたちに暴行を受け、拉致されそうになりました。そこに現れた「ジュダ」と呼ばれる男に彼は助けられましたが、今度はジュダの店に軟禁されてしまいます。そこにあわてて高柳がやってきました。ジュダと高柳の間にはある歴史があり、それは2年前、学校に来なくなって自殺未遂を繰り返す一人の女子生徒が高柳の差し伸べる手を振り切ってジュダのもとに行き、闇の世界に逃げてしまったことがあるということでした。その後高柳の憎む悪の中で彼女は死ぬことはなく生き続けています。その女子生徒の近況を聞くために高柳はジュダの店に訪れることがあったのです。高柳は男子生徒を店から連れ出そうとしましたが、ジュダはそれを阻み、ハンナ・アーレントの言葉を突きつけました。

 悪は陳腐。悪は月並み。人は簡単に悪に染まっていく。ハンナ・アーレント

 アーレントはナチス・ドイツのホロコーストに関して指揮者的役割を担ったアドルフ・アイヒマンが戦後裁かれ死刑となった裁判を傍聴しました。そこでアーレントは、アイヒマンが空前絶後の大量殺人に関わりそうな生粋の極悪人ではなく、平凡だが有能で職務に励む人間という意外な人物像であったことを目の当たりにしました。これをアーレントは「悪の陳腐さBanality of Evil」と呼び、どんな巨悪も、平凡な人間による「凡庸な悪」によって成し遂げられうるということが証明されたと理解したのでした。そして特別な思想のない小心の人間が、権力に飲まれ、組織の一員となって上からの命令に粛々と従う事態になれば、どのような恐ろしい行為もなしうることが重大な問題であると指摘しました。

 アーレントは人間と動物の違い「人間性」とは、人間同士が「互いに異なった個性をもつ人間である事を認め会う事」であると考え、全体主義とはその人間性を破壊するものだと定義し、共産主義や人民の暴力革命に対しても相いれない姿勢を貫いていました。

 ドラマではまた「人間の本性は悪」という荀子の性悪説も紹介されました。性悪説とは、人間の本質は悪=弱いもので、それが善になるのは努力の結果だ、という趣旨です。先日引用された孟子の「性善説」は、人間には先天的に善の兆しが備わっていて、努力をすることで成長させることができるというものですが、勉学を怠ると悪の影響を受けて、せっかくの善の兆しも曇ってしまうと説いたもです。つまり、性善説と性悪説は相反する考え方ではなく、「善」が先天的に備わっているものなのか、後天的に獲得するものなのかという点のみが異なっており、どちらも努力をすることの重要性を説いているという点で表裏一体のものと考えられます。

 ジュダは人間の歴史において繰り返される悲劇をあげて、人は悪を克服できないのだと言います。高柳には偽善の仮面がべったりと、二度と引きはがせないくらいにくっついていると言います。

 高柳は答えます。「わかりません。だがわかろうとすることはできます。だから問い続けます。」それを受けてジダは「俺は正しいことが大っ嫌いだが、あんた(高柳)と口論しすることが俺にとって唯一の倫理的なことだ」と「わかろうとする」ことに目を向けていることがわかります。

今回の最後に引用されたのは

「人間は気ままに生きると争う悪になる」 イマヌエル・カント
 

つい購入してしまったNHKテキスト

 

 カントは「自律的な行動」というキーワードを提唱しており、それは「自然の命令(欲求)や社会的な因習ではなく、自分の定めた法則に従って行動することであり、自律的な行動をすることこそが自由だと考えたようです。そして自由な行動をとることこそが、人間らしい道徳的で価値のある行動=正義だということのようです。何かの目的や欲求のために起こす(動機が自分以外の要因に影響されている)行動には価値がないと考えたようです。

 「他の誰からの命令を受けたわけでもなく、また見返りを求めることでもなく、ただそうあるべきだと自ら行うことこそが道徳的であり、人としてあるべき姿だ」というのが、カイントのいう道徳です。人としてあるべき普遍的な行動は意志の自律に基づく実践理性の働きであり、カントにとっての自由とは、欲求に支配されてやりたいようにやることではなく、自らルールを立て、そのルールを守るという自発性、つまり意志の自律そのものということです。そして行動の実質や予測される結果ではなく、動機こそが重要です。何が正しいのか、何が普遍的なのかを自分で考え、そしてそれに従って行動することが人間にとっての本当の自由であり正義であるといえるでしょう。

 自分たちと相いれない要素を持つ人々にレッテルを張って対立を扇動する人々の言動に正義感が刺激されて言動をなす人びとを思うとき、もういちどカントの言葉を思い出さなくてはならないと思いました。

 今週の問いかけ「『これって本当に悪い?』と思うことありますか?」
 
 
 
 
最後までお読みいただいた方、ありがとうございました。