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プシコ ナウティカ<第1章> - 公益財団法人 住吉偕成会 住吉病院

プシコ ナウティカ<第1章>

今回はプシコ ナウティカ第1章を読み終えて、忘備録的に感想を残すことにしました。内容を詳しくお知りになるためには、ぜひ本を購入されてご一読ください。


松嶋健「プシコ ナウティカ」世界思想社

第1部 イタリア精神医療の歴史と思想
第1章 イタリアにおける精神医療の起源
イタリア半島で最初の癲狂院(マニコミオ)は16世紀前半に作られ、以後もいくつかの施設が設立されたものの18世紀後半までは現代的な意味での精神科病院は存在しなかったとされています。隔離の装置はあれども治療法が知られていなかったということですが、キアルージが1788年に初めて近代的な精神病院を作り、そこが隔離のための施設ではなく治療のための施設であるためにどうすべきかの考え方を示しました。キアルージは、治療から拷問と拘束・投薬を排して、医師が人格、専門技能、道徳規範を通じて患者に働きかける「道徳療法」の先駆者ともみるむきもありました。そして彼の臨床講義が精神科治療への関心を呼び起こしましたが、背景には身体主義的・神経学的な傾向を長くイタリアにもたらしたそうです。
19世紀半ばになり、イタリア王国が誕生する前後に、それまで聖職者が指名されていた精神科病院長が、精神科医にまかされるようになるのと並行して、精神医学は「貧しい狂人」たちによる社会管理と公衆衛生上の必要性に応えるものなり、その根本的装置が精神科病院になりました。わが国のらい予防法で、医師が療養所の長になり、治療と所内の治安維持の権限の双方を掌握するに至った経緯と似ているような気がします。その中では被収容者の自由は奪われ、病気の性質や治療の必要性に応じてではなく、管理の必要性によって選別されるようになり、作業療法と称して労働の搾取が行われました。精神科病院は大きな農場を持ち、さまざまな手工芸を内部でおこなうことによって、外界との接触のない「内なる世界」になりました
1904年に精神科病院における治療に関する最初の法律36号が制定されました。ここでは精神科病院の医療面のほか行政的・経済的側面も監督権は医師にゆだねられました。また強制入院の条件は本人の治療必要性ではなく、社会的な危険性と公序良俗の観点から判断されました。こういった社会管理の機能もまた、医学の論理によって正当化されていました。
この頃、初めての有効な治療法としてショック療法が次々と開発されました。カルジアゾールやインシュリンによるものが当初使用されましたが、電気ショック療法はそれらより安全で安価な治療として採用されました。同じ頃、ファシズム台頭の時期にもかさなって、精神科病院の新設が相次ぎました。ナチスドイツによるT4作戦のような断種や排除はイタリアにはなく、イタリア優生学は観察し研究することで国民の健康増進を図るべきという立場でした。
第二次世界大戦敗戦後、イタリアでは新憲法が制定され、第二条では人間を社会システムの中心におくことが原則になりました。この原則がのちの「バザーリア法」につながっていくと著者は考えています。電気ショック療法の発明者であるチェルレッティは大戦中の強制収容所が精神病を促進したのであれば、同じ扱いを精神病の治療に用いるのはばかげている、と主張して精神科病院の改革の先鞭をつけました。精神医学会においても生物学に対する現象学への関心も高まり始め、1950年代には抗精神病薬の開発が医師と患者の間の対話を可能にするようになりました。
その後1968年には法431号が成立して自発入院が認められ、精神科病院への入院が司法記録書に記録されることがなくなりました。精神衛生センターの設置が義務づけられ、チームで働くことも義務づけられました。
同じ頃「精神病に対する戦いのためのアソシエーション」が誕生し、そこには精神病者とその家族、医師、看護師だけでなく、外の世界の知識人や市民なども参加しました。参加者は精神病の問題をより広い文脈における制度的暴力の問題とみなしていました。この時期、ゴリツァ精神病院の院長として病院改革を実践していたフランコ・バザーリアもこのアソシエーションを支持しました。一方で精神医療の包括的な国民医療の枠組みで考えようとする立場には反対の者もありました。
1970年代のイタリアはカトリック政党と左派政党が反テロリズムのために共闘するような時代となり精神医療のノーマライズにむけての運動が進み、強制的治療について精神科を特別視しないという理念にたった法180号が1978年に制定されました。第一条には「病状評価と治療は自発的なものである」と書かれています。そして第六条の一文には「精神疾患に関する予防・治療・リハビリテーションの措置は、通常、病院の外の精神医療サービスと拠点で行われる」があります。第一条を「本人原則」第六条を「地域原則」と著者は著しています。
TSO(強制医療介入)は例外的なもので1は)精神病に罹患した患者に緊急の治療を要するような興奮状態がある2)治療について本人の同意が得られない3)病院外で時宜を得た適切な措置を施すことが可能であれば入院の必要はない、となっています。TSOは総合病院内に置かれたSPDCという15床以下の設備で行われることになりました。このTSOを発動するには医師2名と市長の署名が必要で、最長で7日と規定されました。
「地域原則」と「本人原則」によって、病気が重い/軽いという他者による評価ではなく、すべての人が自分の地域で生活することが基本原則であるとされたのです。この法律が「バザーリア法」として今日知られているものです。しかし、これは暫定的なものであり、政治的な妥協の色合いがあるとバザーリアはくぎを刺していました。
1994年には共和国大統領令「精神保健の擁護」プロジェクトで、精神疾患へのアプローチが精神病院への収容から地域での精神疾患予防と健康の増進にシフトしたことが確認されるとともに、各州間の格差をなくすことを目指しました。
人口当たりのサービスは
・精神保健センター
・住民一万人当たり1床を有するSPDC(診断と治療のための精神医療サービス)
・住民一万人当たり少なくとも1か所のデイセンターとデイホスピタル
・住民一万人当たり少なくとも1か所の居住型療養施設
・住民1500人当たり少なくとも1人の良質な精神科医療スタッフ
その後もいろいろな政策をとりながら、1999年3月にイタリア全土の精神病院閉鎖にこぎつけました。精神科病院廃絶の道は紆余曲折があり、それはまだ理念の完全な実現には至っていないように筆者は感じているようでした。

それぞれの国には固有の風土と歴史、そして政治体系があり、精神科医療の変遷はそういった社会のあり方を色濃く反映しているもののように思います。イタリアと日本、途中まで同じような社会からの隔離を意図して進展してきた精神科病院がなぜ、現在これほどまでに対称的な状況にあるのでしょうか。「病院対地域」というくくりではなく、「社会中心対個人中心」という理念のせめぎあいと衝突をおそれずに対話して互いの排除を回避することが私たちには必要なのかもしれません。病気がある、または病状が重いというだけでその人がどこで暮らすべきかを他人が決めることはできないということは、わが国でも広まっている考え方なのではないでしょうか。

最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。


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