ネルソン・マンデラ氏死去

12月5日、かつて南アフリカ共和国初の有色人種大統領として名声を得た、ネルソン・ホリシャシャ・マンデラ氏が死去されました。享年95でした。

マンデラ氏は反アパルトヘイト運動により国家反逆罪として逮捕されロベン島刑務所に27年間に渡り収容されました。釈放後、デクラーク氏と共にアパルトヘイトを撤廃する方向へと南アフリカを導き、1993年にはノーベル平和賞を受賞しました。そして1994年4月の南アフリカ史上初の全人種参加選挙の結果、ネルソン氏は大統領に就任しました。氏は民族和解・協調を呼びかけアパルトヘイト体制下での白人・黒人との対立や格差の是正、黒人間の対立の解消につとめました。

有名な逸話として1995年のラグビーワールドカップ決勝戦において、白人が中心の南アフリカ代表チームの緑と黄金のジャージを着て登場しことがあげられます。1990年代、南アフリカ代表のラグビーチーム「スプリングボクス」は低迷期にあり、しかもラグビーは白人スポーツとしてアパルトヘイトの象徴とされ、多数を占める黒人の国民のあいだでは非常に不人気なスポーツでした。マンデラ氏が大統領に就任した後、「スプリングボクス」のチーム名やユニフォームの変更を求める意見が多くの有色人種の人々からわきあがりました。しかしマンデラ氏はこのチームが南アフリカの白人と黒人の和解と団結の象徴になると考え、チーム名とユニフォームの存続を求め周囲を説得し、一方でチームを励ましました。そしてスプリングボクスは、自国開催の1995年ラグビーワールドカップにおいて快進撃を見せ、ついに決勝で強豪ニュージーランド代表オールブラックスを破って劇的な初優勝をとげたのです。

このスプリングボクスのエピソードは映画「インビクタス/負けざる者たち」に描かれています。弊ブログでも以前書かせていただきました。

「インビクタス/invictus」とは、ラテン語で「征服されない」「屈服しない」を意味する単語です。

憎むことをせず、許し、抱きしめた、寛大な心が重要であるというマンデラ氏の理念が多くの人々に変革をもたらしたのは間違いありません。しかし、その根底にはなにごとにも屈服しないという強い意思があったのだと思います。映画の中では英国の詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス」の一節が繰り返し語られました。恩讐を超えてひとを許すこと、差別を乗り越えること、多くのことを私たちはマンデラ氏から学んだ気がします。

「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり」

ありがとう、マディバ。安らかに。

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