心病む母が遺してくれたもの
- 2013.11.07
- 日記
夏苅郁子著「心病む母が遺してくれたもの 精神科医の回復への道のり」日本評論社,2012を読みました。夏苅郁子先生は、現役の精神科医ですが、今は亡きお母上が統合失調症をお持ちだったということをオープンにされたうえでさまざまな活動をされています。これまで精神疾患をお持ちの方の親ごさんのもとに生まれた子供たちへのまなざしは強くありませんでした。私は研修医時代に県立北病院で、子どもさんをお持ちの精神疾患をお持ちの方に同僚の保健師と訪問などしていたときがあったのですが、そのような立場の方の自らを開いたお話に接して、言い表せぬ思いを感じながら読ませていただきました。
夏苅先生が10歳のころにお母上が統合失調症を発病しました。子どもの目にはお母上は攻撃的になり夜眠らず、ぶつぶつ言っていて、目が鋭くて目を合わせないようにしていたのを覚えていることが怖く感じられたことがオブラートに包まずに書かれてあります。
中学でお母上の作ってくれた制服を着て学校に行ったら、いじめの対象になり、お母上に憎しみの気持ちを持つようになって口を利かなくなったことや、発症するのではないかという不安についても触れられています。子どもである夏苅先生ご自身もお母上もこの病気の被害者であり、病気のことを知らずに、家族同士で憎み合っているのはこの病気の悲劇であり、もし知っていたら、先生はお母上に先ず病院に連れて行ったと述べられています。
その後お母上とは長いこと顔を合わすことはなく、医学部に入ったのも、自分を傷つけた人々を見返してやりたいと思ってより偏差値の高い大学に入っただけで、入ったら目的が無くなってしまい、そのうち心が病んでしまって、2度の自殺未遂・摂食障がいも抱えてしまったという物語が率直に描かれています。そして精神科医となった経緯や、その後のさまざまな医療関係者やそうでない人々との出会いによって少しずつ回復を歩まれました。
しかし、お母上がなくなり、ご結婚されてもながらく一番大事な自分の存在の原点であるお母上との事が解決しておらず、精神科医として統合失調症という病に向き合うことが難しく、しょんぼり生きておられたそうです。しかし、ある日、「我が家の母は病気です」(中村ユキ著)という本に出合われた夏苅先生はすぐにこの本を取り寄せて読み、著者の中村ユキ氏に会って自分の気持ちを聞いてもらい、ご自身のリカバリーの物語を伝える活動を始められたそうです。
出会いによって、今も家庭で苦しんでいるご家族、ご本人がもっと人間らしく扱われ、もっといい医療を受けて大手を振って歩ける世の中になって貰いたいというもっと大きな心を持たれ、ご自身のストーリーを公表しようと思ったそうです。精神医療において支援の立場、当事者の立場を超えて、人のリカバリーを信じている方々、リカバリーを信じたいと思っている方々に是非読んでいただきたい一冊と思います。
「人が変わるのに締め切りはない」という言葉が強く心に残りました。
最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。
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