【読書感想文】精神科の薬について知っておいてほしいこと(その1)

J・モンクリフ著:石原孝二・村上純一・高木俊介・岡田愛訳「精神科の薬について知っておいて欲しいこと」日本評論社、を読んでいます。

この本は前評判が高く、ぜひ読みたいと思ってAmazonで自分で購入しており、読んでいきたいと思っていた本ですが、思いがけず訳者の方よりご恵贈いただきましたので拝読しました。モンクリフは向精神薬の過剰・不適切な投与に関して論文を書き、常々警鐘を鳴らしていた方ですが、今般一冊の本として出版されて一般の方にも読めるようになりました。せっかくですので、読ませていただいた感想などを記していきたいと思います。

じっくり読んでいることもあり、感想文は2回(3回かも)に分けてアップしていきますので、悪しからずご照覧ください。

精神科の疾患概念から話は始まり、精神疾患という概念の輪郭があいまいであること、向精神薬の種類は多いが、その根拠とされている疾患モデルについての疑念が大きいこと、エビデンスの作り方と適用拡大などについてその裏側のことが書かれています。

訳は日本語としてこなれていて読みやすく、エビデンスについても豊富に示されています。1、2、3章では精神科薬物療法の隆盛や薬物療法モデルのあいまいさ、研究成果の解釈の難しさが語られています。続く4章では抗精神病薬、5章で抗うつ薬、6章で感情調整薬にほぼ同じ語り口で長期的なエビデンスが不十分であること、製薬企業の思惑が影響している可能性があることについて述べられています。早期発見早期介入が予後にあまり関係しないことや製薬企業と処方薬との関係についても十分にふれてありますが、語り口は淡々としており、同様の内容の書籍と比べるとトーンは落ち着いていて、情緒的な論争にはくみしないという著者(と訳者)の意図が読みれました。

個人的に興味を強く持っていた抗精神病薬に関する第4章では、過感受性精神病に言及があり、長期縦断調査による「維持療法」に対する否定的な論述がなされていました。それに加えて、訳注では、Tiompのゾテリアベルン以来のソテリア・プロジェクトも紹介されており、この本で述べているようなことが流行りにのったものではなく、臨床の現場から実感されているものだということが商材されていました。以前から当ブログでご紹介したことのあるHarrowの縦断研究※https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2017/07/20/blog-169/ 
※https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2013/12/19/blog-1175/
に関しても触れてありました。Harrowはその後2017年に139人の初発精神病者に対する20年間の追跡調査を発表し、抗精神病薬は、急性入院時の統合失調症のほとんどの患者の重大な精神病を軽減もしくは除去しますが、4年後、20年のフォローアップまで継続的に、抗精神病薬を処方されていない統合失調症の患者は有意に優れた仕事の機能を示し、縦断的データでは、抗精神病薬による統合失調症の長期治療について疑問が投げかけられていると指摘しました。さらに彼らは2021年に論文を発表し、同じ研究参加者において、交絡因子を調整した場合でも初発2年後に抗精神病薬を服用していない統合失調症の人は、抗精神病薬を処方された参加者よりも処方されていない参加者の方が予後がよいことを示しました。服薬なしと服薬ありを比較しての調整オッズ比では、リカバリーが5.989(95%CI 3.588-9.993)、再入院が0.134(95%CI 0.070-0.259)というものでした。(リカバリーのより高い確率とは、どのようにして比べているのかはよくわかりませんが)

このような訳注によって新たな知見が原著よりさらに上積みされ、現場において薬物療法至上主義の問題について取り組んでいる読者に勇気を与えるもので、私はひっそりと大きく頷いたのでした。蛇足ながら、Servonnet,A and Samaha,A-Nが2019年に発表した「抗精神病薬は常用量でも過感受性精神病を起こす可能性がある」という論文に触れてあると、より多くの精神科医に伝わるものが大きかったかもしれません。(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31077727/

(続く・・・予定です)