宮田量治著「外傷性ひきこもり」の感想
- 2022.06.27
- 日記
著者の宮田量治先生は、山梨県立北病院の院長として活躍され、統合失調症を中心とした内因性精神病に関して多大な業績を残しておられる方です。本の帯には「ひきこもりの原因についての古くて新しい解説書」と書かれています。
当初は依存症の臨床にかかわっていた先生が、アルコール依存症の治療にたずさわる過程で、ひきこもりの方の背後にある心の傷つき/トラウマに気がつくようになったとあります。そのうえで、文中には「引きこもりの専門家ではない精神科医が、一般人の目線で真面目に検証し、まとめたものです。」とあり、さまざまな角度、さまざまな論考を引用しながらひきこもりについて、これまでとは異なった新たな見方を提供されています。
本書では、ICD-11に採用された「複雑性PTSD」についが、平易な文章で丁寧に説明されており、日本ではひきこもりのうち、精神疾患や発達障害を除いた6割の方が、親のしつけや、いじめられなど環境と関連した「外傷性外傷性ひきこもり」であると述べられています。さらに、親の不適切なしつけによって起こる複雑性PTSDについて、さまざまな芸能人の著書による外傷体験の記述が紹介されています。また、ご引用されていた夏苅郁子先生のご著書からはひととの出会いというような偶然や幸運に恵まれないと回復できない(かもしれない)という指摘は重く、逆境にある子どもたちが、必死に努力しなくても支援者とつながれるという「病者の子どもにトラウマを作らせない」というシステムが必要だという指摘には、かつて働いていた病院で保健師と「病気を持つお母さんの子ども」への訪問を手がけていた日々が思い起こされました。
松木安子・中谷真樹:精神障害を持つ母親への援助。日本病院・地域精神医学会誌, 34(4): 460-464, 1991
トラウマ・インフォームド・アプローチが精神科臨床で広く受け入れられはじめ、心の傷つきが精神的困難につながっているのは、ひきこもりに限られたことではなく、あらゆる精神障害はその障害自体と累積小トラウマが合わさったもの(by村上伸治先生)、と理解できる可能性に触れ、それはトラウマを過剰に診ようとするためのものではなく、治療・支援のための視点である、と述べられています。
宮田先生はトラウマ記憶に対するレジリエンス記憶へ注目され、「レジリエンス記憶の比率は決してゼロにはならないと述べられています。私はEMDRやTFTなどのトラウマ記憶に焦点を当てた処理に注目するあまり、過去の体験にご本人をピン止めしてはいなかったか、考えなくてはならないと思いました。そういえば、EMDRを習ったはるか昔に、眼球運動のアプローチを開始する前に十分かつていねいにご本人の安心感と現実でのサポート体制を確立しておくことの重要性が強調されていたのでした。
トラウマ体験はPTSD症状と関連し、アタッチメント体験の乏しさは自己組織化の障害(DSO)の症状と関連しているという説があるそうですが、DSOは「感情制御困難」「否定的な自己概念」「対人関係障害」の3つのカテゴリーからるとされており、これらの症状は自閉症スペクトラム障害の人にもよくみられる特性の気がします。そうであれば、ひきこもりは(発達性)トラウマ体験によるダメージの蓄積からのみの視点でなく、アタッチメント記憶の乏しさという視点も必要であるということになると考えました。そして、日本的なしつけには「後遺症がある」と宮田先生は書いています。仮説として「不適切なしつけの順応化ができなかった場合の後遺症」として「社会的引きこもり」が生じる、すなわち「社会的引きこもり」は「発達性トラウマ」が引き起こした「複雑性PTSD」であると宮田先生は指摘されています。
白川美也子先生のPTSDの人に対して支援者が使う好ましい言葉に宮田先生がさらに解説を付け加えられた表もとても分かりやすかったです。おどろいたのは、私が学びを深めているLEAPアプローチは傾聴を主軸にしているのですが、それがトラウマのある方にとっては不適切である可能性があるという部分でした。トラウマのある方の場合にはナラティヴ・エクスポージャー・セラピーでは余計な体験を想起しないで済むように、矢次早に質問するということでした。そしてNICEのガイドラインを読みといて、複雑性PTSDへの治療法は確立されていないことを示し、STAIR/NST(感情調整と対人関係調整スキルトレーニングおよびナラティヴストーリーテリング)が紹介され、宮田先生のご勤務先での導入可能性について記されており、まとめとして「人生行路の違い」に対応するPTSDの精神病理をもつひとに適応される治療法の例が提示されています。
そしてPTG(心的外傷後成長)にも論は及びます。私はこの説は、故・安克昌先生のご著書における有名な一節「心的外傷から回復した人に、私は一種崇高な何かを感じる。外傷体験によって失ったものは、あまりにも大きく、それを取り戻すことができない。だが、それを乗り越えて、さらに多くのものを成長されていく姿に接したとき、私は人間に対する感動と敬意の念を新たにする。」に通じる気がしました。
終始一貫して、宮田先生は優しい語り口調で、わかりやすい例もたくさん示され、温かい視線をひきこもりのひとや子育て中のひとに注ぎ、このひとたちを応援する、内容が充実しながらも読みやすく、多くの人に読んでいただきたい本でした。
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