新理事長の就任によせて

さる令和4年6月24日、弊法人理事会が開催され、長らく法人を率いてこられた松野正弘先生が名誉理事となられ、新しい住吉偕成会の理事長に吉尾隆先生がご就任されました。松野先生の本当に長い間のご尽力と、院長になって以来の私へのお支えに心からお礼を申し上げます。そして吉尾先生が理事長となられたことは私にとってこの上ない喜びのできごとです。

吉尾先生と私が初めて顔を合わせたのは、記憶が正しければ1994年の日本精神神経学会の総会でのことでした。私はその頃、精神科医療におけるインフォームドコンセントと統合失調症の薬物療法、ご本人ご家族への心理教育などに興味を持って勉強しており、インフォームドコンセントに関する論文を書いたり、統合失調症の診断を持つ方が退院してデイケアにつながった場合、ベンゾジアゼピン投与を受けている方の再入院率が高いことや、働くことへのサポートが不足していることが治療中断をまねいていることなどを発表していました。そういった中、精神科医の学会である日本精神神経学会で薬剤師として服薬されている方への正確な情報提供に関して発表されている演者を見かけました。同じことを考えている人がいるものだとよく見てみると同じ病院に所属する薬剤部長の方だったので、本当にびっくりしました。当時の病院では医局と薬局はほぼ交流がなかったため、職場ではなく学会上で初めて吉尾先生と出会ったのです。

服薬されている方に正しい情報をもたらすことの必要性を強く感じていた二人がたちまち意気投合して、今日の精神科における薬剤師の服薬管理指導業務の確立にむけた活動を始めたのは当然と言えました。しかし、道は平たんではありませんでした。薬効はともかく、副作用を伝えれば服薬されている方の訴える副作用が増えてしまう、治療への否定的な気持ちも増えるに違いない、薬物療法のなんたるかを知らない薬剤師の関与は医師に対する処方権の侵害である、そもそも一人一人違う患者の薬の量を比較すること自体がナンセンスである、必要な分の薬を処方しているのだから減らす余地などない、長年睡眠薬を飲ませているが別に問題はない….etc.

あからさまに反発を受けたり、ある時には病院上層部の医師から病棟への出入り禁止を言い渡されたこともありました。院長室でその医師と私たち二人とでディベートをしたこともありました。それでも心折れずに続けてこられたのは当時の院長先生ほか、理解ある上司がおられたこととともに、私たちが一人ではなかったからだと思っています。

そういった批判に対して、私たちは、薬剤師の関与によって服薬者の抗精神病薬投与量が減らせること、このことによってDIEPSS評価によって錐体外路症状が改善すればDAI-10(服薬に関する構え)も改善すること、BPRSでは服薬指導の前後で精神病症状が悪化しなかったこと、また、同僚からも高齢者病棟での転倒事故に関しては抗精神病薬よりベンゾジアゼピン系睡眠薬の関与が大きいことなど具体的・客観的な研究発表をしていきました。

同時に私たちは自分たちのデータを毎年発表することでオープンな交流を目指しており、当時の医局の若手医師の方々はじめ次第に賛同していただける人々が増え、精神科の服薬管理指導業務が認められるようになり、吉尾先生の導きで精神科専門薬剤師の育成が始まりました。

そんな中で、私は2007年に桜ケ丘記念病院から住吉病院の院長として赴任し、援助付き雇用の手法を用いた就労支援に注力してきましたが、その中でも薬物療法の適正化は長らく問題であり続けています。吉尾先生は私が前の病院を去った翌年に東邦大学薬学部の教授として後進の指導にあたられるようになり、多くの精神科専門薬剤師を育て、精神科薬剤師の専門学会である日本精神薬学会を立ち上げてその理事長になられました。私も客員教授として、学会の評議員として微力ながらお手伝いをさせていただきました。その傍ら、弊病院にも非常勤として指導をしていただき、医局員が薬物療法を適正化する際の大きな助けとなってくださっています。そして昨年、精神科薬物療法に関してご本人ご家族専門職を分け隔てなくサポートしようという私たちの長年の懸案であった「精神科薬物療法サポートセンター」の準備室を立ち上げ、今年度より「センター」として活動が開始されています。いっとき流れは離れても目指すものは一つであったことが今日につながりました。

吉尾先生が前病院ご退職の時のお別れ会で私がプレゼンしたスライドが手元に残っており、久しぶりに見返しました。スライドのテーマは

「大人になってみた夢」 

最後のスライドにあったのは

「夢をいつまでも」

でした。所属先が離れてから15年たち、今また新しい理事長となられた吉尾先生の元で、ともに、私自身のキャリアの総決算ともいえる日々を過ごせることになったことは本当にありがたいことだと感じています。

崇徳院の有名な御歌を思い出しました。

瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ

最後までお読みいただいた方、ありがとうございます。今後とも住吉偕成会を何卒よろしくお願い申し上げます。