アルコール行軍に参加して

住吉病院は、後期研修の受け入れ病院となっており、定期的に研修医の皆さんが研修にいらっしゃいます。私どものところで研修されると、フットサルのクラブ活動・アウトリーチの現場への同行、そしてアルコールセンター伝統の「アルコール行軍」への参加がオプションで体験できます。
今回来られた研修医の先生も、行軍に参加され、感想文を提出されましたのでご紹介します。

「行軍」に参加して

 住吉病院アルコールセンターにおける回復プログラムのひとつに、月1回の「行軍」という行事がある。あまり馴染みのない言葉だったため早速調べてみた。
 
 「行軍」その発祥は第二次世界大戦中に遡る。当時海軍病院だった久里浜病院に勤務していた精神科医兼作家のなだいなだ先生が、チェコのスカラ博士のアルコール中毒治療法(患者を何十kmも歩かせたというテラン療法)をヒントに考案された依存症プログラムである。10~20kmの道のりを集団でウォーキングすることで、社会復帰に向けた心身の鍛錬や忍耐力の養成はもとより、集団での連帯感や達成感といった普段では味わえない経験を得られるのだ。当時の患者は軍隊上がりの男性が多く、なだいなだ先生を筆頭に歌をうたいながら大勢のアルコール依存症の患者が徒党を組んで歩いたという。ハイキングとは異なり、遊びの要素を排するために「行軍」と命名されたらしい。診察室では聞けない患者の言葉を、開放感あるウォーキングの中で聴き取ることができる一面もあるのだとか。

 事前の説明会で各々の体調や希望を考慮し、今回は10名弱の参加となった。歩行に参加できない患者さんも弁当係や応援として参加するなど、職員ともに一体となったイベントであることが覗えた。 

 今月の行先は昇仙峡。昇仙峡の入口(天神森)までは車を乗り合わせて移動、長潭橋付近から出発し、影絵の森美術館を越えた辺りまでを往復してくる計10km弱の行程だ。
天気は曇り、気温はそれほど高くなかったが、梅雨特有の湿気に加え往路は登り坂である。すぐにじわじわと汗が出てきた。皆で和気あいあいと歩くのだろうと思い込んでいたが、参加者は一貫して黙々と真剣に歩いていたのがとても印象的だった。昇仙峡と言えばその道中で峡谷の間に顔を出す「奇岩」と呼ばれる名前の付いた数々の岩が有名だが、それらをゆっくり見物できる余裕などないようなハイペースであった。標高が高くなるにつれ気温も下がり、仙娥滝の辺りではマイナスイオンを感じることができた。目的地に到着後、不参加者の方たちが運んでくれたお弁当を一緒に食べていた辺りから、ぽつりぽつりと雨が降り出した。次第に雨脚が強まってしまったため、体調や安全面を考慮し復路は中止、今回の行軍はここで終了となった(送迎の関係で2名の患者さんを含め残った職員は復路も歩いた)。天候には抗えない。全員で復路まで歩くことが出来なかったのは残念であったが、これもまた心に残るのだろう。

 翌々日のグループミーティングで達成感や満足感を口にしている患者も多く、何か目的を持って行動するという一連の流れが治療にも前向きな影響を与えるのだろうと感じた。一緒に参加した同士という仲間意識も治療への大きな手助けになるはずだ。依存症治療の一環として伝統ある「行軍」を実際に経験することで、その意義や重要性を肌で感じ学ぶことができた。


最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。