学習された無力感

Learned Helplessness はMartin Seligman が提唱した概念で、「獲得された無力感」「学習された無力感」と訳されている、うつ病のモデルや被害者の陥る心的状況を説明する概念です。

wikipediaによればhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E6%80%A7%E7%84%A1%E5%8A%9B%E6%84%9F

電気ショックを与える実験の結果から、長期間にわたって避けることの困難なストレスと抑圧にさらされ続けた犬は、その状況から「何をしても意味がない」「自分はストレスを裂ける能力がない」ということを学習して、逃れようとする努力すら行わなくなるというものだそうです。

これを長期に渡り、人が監禁されたり、暴力を振るわれたり、自分の尊厳や価値がふみにじられるような場面に置かれた場合を想定して、次のような徴候が現れると仮説したということです。上記の情報によれば

1.その圧倒的に不愉快なストレスが加えられる状況から、自ら積極的にその状況から抜け出そうと
  する努力をしなくなる。
2.すこしばかりの努力をすれば、その状況から抜け出すのに成功する可能性があったとしても、
  努力すれば成功するかもしれないという事すら考えられなくなる。
3.ストレスが加えられる状況、又ストレッサーに対して何も出来ない、何も功を奏しない、苦痛、
  ストレス、ストレッサーから逃れられないという状況の中で、情緒的に混乱をきたす。

これは、精神保健システム中で時間の大部分を費やさざるを得ない状況が長く続いた人の「希望がない」状態にもいえると思います。ご本人不在のなかで「チーム医療」が行われてしまって、ご本人の意向が反映されないサービスばかり受けていると「獲得された無力感」がぬぐえなくなってしまうのかもしれません。

長期に入院をしている方には、その方の持っていた希望が見失われている場合があり、退院促進事業を利用されても「入院していたい」とおっしゃるかもしれません。それは、本当の希望ではないのでしょう。見失ってしまった夢と、本来持っていたはずの希望をもう一度引き出すサポートがあることは素晴らしいことで、そのためには「病院から離れて元気になった!」というメッセージが重要です。

それは体験者にしかできないことかもしれません。でも、支援の仕事をしている人は「地域の人と交流すると楽しい!」や「あなたといるとうれしい!」を伝えることが出来るかもしれません。もし、無力感が獲得されたものだと考えているのであれば、自分自身がそのような学習を与えていることからまず脱却する必要があるのだと思いました。

最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。

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(wrote:財団法人 住吉病院