エーミール・クレペリン

 

エーミール・クレペリン Emil Kraepelin
は、現代精神医学の基礎をきずいた人ですが、この「精神分裂病」は精神医学をまなぶ者は誰でも一度は読むべき古典中の古典です。最近久しぶりにこの本を読んで見ました。この1913年版の精神医学教科書では、今日の統合失調症を「早発性痴呆Dementia praecox(当時の呼び方)」と記述しました。病気が進行性であるという概念を示したこのネーミングは、その後ブロイラーの概念化した「精神分裂病(正しくは症状群)」に受け継がれ、広がりました。

みすず書房によるこの本は西丸四方・西丸甫夫の大変な苦労の元に訳出され、詳細にこの疾患についての記述が尽くされ、今なお精神病理学における偉業であることは疑う余地がありません。そして、この教科書においてクレペリンは既に1986年にこの一連の疾患群を「早発性痴呆」と名づけた経緯について記述しており、以前モレルが使い、その後ピックが用いたこの名前が「将来理解が進んで適切な名前が与えられるようになるまで」の限定として用いられた診断名だったと書いています。

1913年の時点で既に「早発性痴呆の諸症例の何がしかは完全な、持続的な治癒に至り」と書いてあります。クレペリンは「せっかく名前をつけても、将来この疾病過程の性質を不確実に、あるいは誤ってみていたことが分れば、まずい名をつけたものであるというようになることがないような名前をつけることが望ましい」とら書いています。すばらしい観察力であり、先入観を排除した平等な視点です。

当時「早発性痴呆」と呼ばれていた疾患群の状態像は非常に多種多様でしたが、「あるいくつかの基本的な障害が、多くは直ちに特徴的と見なされないにしても…しばしば同じ形で、何回もくりかえし現れてくる」と指摘し、そのうえでさまざまな状態に共通の精神的及び身体的な様子の一般的な有様について書いてあります。

把握力 外部情報の把握力は、大雑把な検査では大して障害を受けていないとされています。しかし、詳しく測定すれば把握の範囲や確かさがはっきりと減っており、それは急性期でなくても障害されていると指摘しています。問いかけに対する答えにおいて「少数の正しい答えのほかに多数のまったく誤った答えをする」「実際に見られたものを保持して再生する努力が欠けている」となっています。

注意 この態度はうたがいなく注意の障害と密接に関係しており、注意を向けることと、注意を持続できないことがきわだっていることを述べています。

精神的能力 患者の精神的能力は普通著しく低下していると書いてあります。注意散漫・不注意・疲れやすさ、モチベーションの障害、状況の正確な把握ができないことが書いてありますが、一方で、遠隔記憶の障害は少なく、身体で覚えた(手続き)記憶も比較的正常であることが書いてあります。それでも問題解決能力は大きく障害されていることにも言及しています。

判断力 身についた行動は間違いなくできるが、新しい経験を処理したり、判断に際して「意義を比較計量し、相互の価値を定め、矛盾を見出すことに必要な諸観念をうまくまとめることができない」と記してあります。

いまから100年も前に打ち立てられた記述的精神病理学=患者さまの行動を密着して観察・記録・分類したもの、が新しい世紀になって研究の進んだ認知機能障害の知見を裏付けるものであったことがよくわかります。先人の観察眼の正確さを再認識するとともに、勉強は大事だということを痛感しています。

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(wrote:財団法人 住吉病院