3月11日
- 2026.03.11
- 日記
今から15年前の今日、東日本大震災が発生しました。あの日を境に多くの人の人生が未来を絶たれました。あの日、私は翌日に東京で開催される会合にそなえて上京するために、事務長の運転する車で甲府駅に向かって病院を出たところでした。車がまっすぐ進まなくなって「パンクしたのかもしれない」と感じて車を路肩に停めてから、いつ終わるのかわからないほど長く大きな揺れを感じました。直感的に「東海大地震が来た」と思って家族に連絡を取ろうとしましたが、携帯はつながりませんでした。中央線は運休となって出張は中止、夜になって家族の無事を確認できたことやその語早朝に新潟と山梨で緊急地震速報が連続されたときに、なにかの覚悟を迫られたことなどありありと思い出します。
あの頃は2026年のことなどは想像もできませんでした。私は今月、日本心理教育・家族教室ネットワークの研究集会を甲府で実行委委員長として迎えることができました。私にとっては、これまでの実践についての振り返りと一つの区切りでもありました。
その後に起こった原子力発電所の事故で精神科病院が閉鎖され、当地にも転院された方がおられます。その方たちは先方で長らく入院されていた方でしたが、入院を必要としない状態であることがわかり、当院の近隣に退院されました。それでものちに故郷に戻っていかれました。長い入院ではご家族とのご縁も希薄になって、同じ病院の入院者の方同士のつながりが絆であったようでした。それでも、地元に戻るときにはご家族と連絡が取れて帰郷後の対面がかなったと聞いた時には胸に何かがわきあがった感覚を思い起こします。

いまだにこの社会は人が人を差別し対立する情勢が続いています。新型コロナ感染症にはじまる差別、生まれた場所や、肌の色、宗教、言葉、そして病によって周囲からともに存在することを否定される方がたくさんおられます。これは原発事故の後、ご当地に住んでおられた人たちへの社会の接し方のままであると感じます。世の中の正義がさまざまであることにも影響されて、根拠が明確でない言説に基づいて自分以外の人を攻撃したり排除したりするようなことも起こっているように感じます。私は科学を否定するものではありません。ただ、真実を学ぶということは、誠実であることが重要なのだと思います。人々をなにかの尺度や立場で一方的に切り分けたり、ある正義とまた別の正義の旗印のもとに人々の対話が断絶されることでは創造的な何か、は生まれないと考えています。
そんな思いをもとにして「学ぶとはまことを胸に刻むこと」をテーマにした日本心理教育・家族教室第25回研究集会は閉会されました。そして、昔、今はいない友人から教わった言葉をかみしめています。
United we stand.
最後までお読みいただいた方、ありがとうございました
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