地域で暮らすことin長野
- 2012.09.04
- 日記
長野県ピアサポートネットワーク様にお呼びいただいて、ホクト文化ホールで開催された講演会とパネルディスカッションに参加させていただきました。
前半は、私大阪府立大学の三田優子氏、そしてべてるの家でおなじみの「相談するワーカー」向谷地生良氏によるてい談でした。最初から特段絞り込んだテーマを決めずに「地域で暮らすこと」について話し始めましたが、障がいや病があるかどうかにかかわらず、生活者として悩みは誰にでも共通なのではないのか、精神的な困難を経験した人にもさまざまな能力がある、そもそも経験がどうであるかにかかわらず、人はみなそれぞれである当たり前のことをもう一度思い起こす、ことなどが共通の認識として浮かび上がりました。はっとしたのは「地域」ってなんだ、という会話の中で「病院も地域の一部」という当たり前のご指摘でした。「地域で暮らす」というのは、病院や支援施設の外側の話ではなくて、私たちの現場からすべてつながっていること、”障がい者が社会に復帰する”のではなく、”障がいとみなされる方々の力もかりて社会が回復していく”ことを求めていくことが必要なのだと思いました。
その後のパネルディスカッションには、「べてるの家」のお二人、伊藤知之さんと本田幹夫さんもパネリストとして参加され、当事者研究の場での考え方・自分の病名を自分でつけること(ちなみに、伊藤さんの病名は”統合失調症全力疾走依存あわてるタイプ”です)や症状ではなく「苦労」ととらえることなどをお話しされました。お話の中で「苦労する才能」と言われるのをお聞きして、ご本人が自分のことを自分で語られることで、私は医療や福祉が決めた用語から私たちの関係性が解放されていくのだという思いが強まりました。地元長野からも困難の経験をお持ちの方が登壇され、それぞれのご体験をお伝えくださいました。お一方は神経・運動系の障がいをお持ちの方でしたが、施設で暮らすのは嫌だ、と自分で決意して、医者の薬は体の勝手な動きは止まるが、力が出なくなってなにもできなくなる、と、薬物治療をやめ、一人で自立支援法の利用と、ご自身のネットワークをりようされて生活されていらっしゃる方でした。精神的な困難を経験された方と同様に、かなりなご苦労がある中で、明るく生活されている感じが伝わってきました。
支援を受けていることと、社会的な回復度合いには関係がなく、その人らしい生活ができていることがなによりも重要なのだということを教わりました。会場の方々ともやりとりをさせていただき、あっという間にイベントは終わりました。
新たな出会いと、新たな気づきに満ちた素晴らしいひと時をいただいた長野県ピアサポートネットワークの皆さま、本当にありがとうございました。
最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。
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