汝の立つ所を掘れ

汝の立つ所を深く掘れ。其処に泉あり。

ニーチェ「悦ばしき知識」 Die frohliche Wissenschaft

は、沖縄学の父・伊波普猷先生の座右の銘だそうです。先日、翠星ヒーリングセンター総長で医局の大先輩である八木剛平先生とお話しする機会をいただきました。会話はいつしかリカバリーからナラティヴ・ベースド・メディスン(NBM)とエビデンス・ベースド・メディスン(EBM)の話題になりました。EBMは臨床研究に基づいて統計学的に有効性が証明された治療を選択するという考え方に基づき、このようなガイドラインが有効であることが確認されています。
しかし、EBMの有効率は60~90%とされ、すべての患者さまに有効ではないことになります。また、根拠になるデータが十分そろっていない疾患、客観評価が困難な精神疾患などはEBMを適用できない場合があります。さらに、EBMによる治療を実践に適用するかどうかは治療者と患者さまの関係、病状、有害事象、またご本人の価値観を取り入れ、治療者の経験を活かして決めることになります。

EBMに対して提唱されるようになったのがNBMで、「ナラティヴ」は「物語」と訳され、ご本人との対話を通して「いま、病いを得ている意味」や、「いま病んでいることへの思い」などの物語、ご本人の抱えている問題に対して全人的(スピリチュアル・ナチュラル・バイオロジカル・サイコソシアル)にアプローチしていこうとする方法論です。NBMはEBMと対立するものではなく、互いに補完するものといえるでしょう。

重症精神障害をお持ちの方への援助つき雇用においては、IPSモデルはEBP(エビデンスに基づく実践)の1つと言われています。それでも、その方法を適応するかどうかについてはご本人との対話の中からのみ生じるものだと思います。働くことを応援するときに、外側から決められたマニュアル通りにことをはこんでいくことも、エビデンスの確立された方法論の中身を勝手に改変してEBPであるとみなすことも、どちらも応援方法として十分であるとは考えられないでしょう。あくまでも今・ここの実践を掘り下げ深めていくうちに、その方本来の持つ力強さや希望がその方ご自身によって発見されたり体感されたりするような気がします。あえていうならば、エビデンスとは、支援をする者にとってのナラティヴの1つであり、そのナラティヴとご本人のナラティヴを紡ぎ合わせて、新しい物語を作ろうとすることが「リカバリー志向」の実践の本質であるとも思いました。

八木先生から「医者らしくなったな」とおほめの言葉をいただき、とてもうれしく感じました。

最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。