拡大守秘義務

さまざまな社会復帰の援助や就労支援など、最近のメンタルヘルスサービスの地域展開においては、利用者(ユーザー)情報の共有化という問題が避けては通れなくなりました。しかし、これまで「守秘義務」に関しては、医療従事者の範囲内での取り扱いが主体で、たとえば平成14年度厚生労働省こころの健康科学研究事業 「精神医学における倫理的・社会的問題に関する研究」における 「地域ネットワークと守秘義務との関係に関する研究」(分担研究班)の報告書による「地域ネットワークの形成における個人情報の伝達に関するガイドライン」では、あくまでも医療福祉の専門職ないしケア提供者であるご家族を情報伝達の範囲にしていました。

そこでの原則は

1) 患者もしくはその代理者の承認なしに患者情報を患者を同定される事柄と共に何人にも
  開示ないし伝達してはならない。
2) 患者を同定できる事柄を何人にも開示ないし伝達してはならない。
3) もし患者情報を開示ないし伝達しようとする人はそれを受け取る人がその情報によって
  患者を同定できると信じる利用がある時には、患者情報を開示ないし伝達してはならない。

だったわけです。いっぽうアメリカではThe Health Insulance Portability and Accountability Act(HIPAA) が2003年に発効しましたが、当初はユーザー情報の外部からのアクセスに関しては厳格な規定を設けて、治療、支払い、ヘルスケアの運用にかかわる個人もしくは組織のすべてが、そのような情報を入手しようとする際にはご本人による文書同意を必要としていました。しかし、情報の共有化が避けては通れなくなったことを反映してか、その後HIPAAは修正され、現在では第三者からのアクセスはより容易になっているそうです。つまり、アメリカにおいては、ユーザー情報の提供や共有化については間接的な関係としてケアを提供する立場にある者は、ケアを目的とする場合には、いちいちご本人の同意を得なくても情報を得ることが可能になってきているといえるでしょう。

現在、病院では医師の他にいわゆるコ・メディカルスタッフが協力して医療にあたり、診療録の管理や保険請求に関する事務などが個人情報を共有しています。また、ユーザー情報の一部は保険機関へも送られます。これらチーム医療の場面については、アメリカでは拡大守秘義務extended confidenceという概念により、チーム医療にともなう守秘義務の主体を個々の医療者から、当該治療集団全体に拡大して考える際の倫理基準が提供されたました。しかし、この概念の枠組みによって病院内では許容されている個人情報の共有化が、さらに地域ケア集団内部でも許容されるかどうかが問題になってきます。

アメリカ精神医学会APAの「守秘義務に関する委員会」が1987年に策定した「守秘義務に関するガイドライン」では地域ケアにあたる専門家・機関は拡大守秘義務の範囲には含まれず、したがって病院から地域ケア機関への個人情報の開示には、当事者のICが必要となっていました。イギリスでは総合医学審議会が「守秘義務に関する要綱」を発表して患者情報の保護と、それを提供する場合の基準と手順を示していました。2000年にはそれらの基準が若干緩和されましたが、それでもなお、多職種・多機関のネットワークによって障害者を、その生活している場で支援していくという今日の地域精神医療の動向には適していないということです。

また、2001年に、アメリカにおいて制定された健康情報を保護するための連邦政府令Standard for privacy of individually identifiable health information,Privacy Ruleでは、ご本人の治療を受け持つケア提供者は、ケア提供の目的のために守られた健康情報を開示する前にご本人の同意を必要とするものの、以下の場合は例外となり、同意なしに健康情報をケア提供のために利用もしくは開示できることになりました。

1)救急の場合
2)法律により治療を行われている場合
3)コミュニケーションが取れない場合
4)患者と間接的な治療関係にあるケア提供者(たとえば検査技師)

さらに、このルールでは同意は1度でよく、同意書は簡潔な言葉でよい、となっています。このように、Privacy Ruleは従来のご本人による同意が情報共有のために絶対的なものとする傾向を打ち消して、それを相対的なものとしたといえそうです。しかし、このモデルがわが国の現状にそのまま適用されるべき、とは断言はできないでしょう。個人情報保護法の趣旨などからも、わが国では個人情報の共有範囲を拡大することにはまだ一定の規定が必要だと考えられているからです。

そのような意味においては、私どもの法人のように病院も社会復帰のための事業所も同じ法人に属し、一律に「精神保健福祉法」の守秘義務の範囲内で活動をすることができる法人は、情報の拡散を防止する意味において、利用者ご本人のプライバシーを尊重するのには都合が良いとも思われます。

過去、私の参画した厚労科研における調査でも、「専門職でない人に自分の情報を共有される」ことへのユーザー側の賛同はきわめて少数でした。しかし、たとえばジョブコーチの仕事には「ナチュラル・サポート=雇用先での一般社員との関係性の改善」もあるわけで、こういった非専門職の人はまったく守秘義務の規定のない人たちです。このように、地域ケアの発展にともない、医療や福祉の枠を飛び越えた問題となることが予想される、守秘義務の問題に関しては今後さらなる検討を加えることが必要だと思います。

なお、以下の報告が参考になると思います。

厚生科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 障害保健福祉総合研究「精神病院・社会復帰施設等の実態把握及び情報提供に関する研究 」

http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.doc にある報告書
200500578A0006.pdf /200500578A0007.pdf /200500578A0008.pdf/200500578A0009.pdf

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