29年
- 2024.01.17
- 日記
今から29年前の1995年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生しました。
毎年この日、私にとって大切なひとときを、その当時を思い出しながら迎えています。あの大震災での救援活動は私にとってコミュニティとはなにか、人とは何か、を考えるきっかけとなり、自身の臨床姿勢を方向付ける大きな経験となったできごとでした。
あれから長い長い年月がたちました。日々の暮らしは当たり前に続いていくものではなく、平凡とはありがたいものだと知りました。人とのつながりと一期一会の大切さを学びました。大変な経験を得た方々から回復するとはどういうものなのかを教わりました。
さまざまな人々と出会いました。今年も、もう二度と会うことのないさまざまな人の顔を思い出し、心の中で語りかけたいと思います。若いころに一緒に語り合い、熱くさまざまな夢を語りあった日々を記憶から呼び起こし、自分自身を奮い立たせようとしています。
「こころは傷つく」という今ではごく当たり前のことを精神医学の立場から提唱しわが国の解離性障害の臨床を形にすることに尽力された故・安克昌先生ほかのすぐれた実践者の方々とつながらせてもらったことは私にとっての恵みでした。心の傷つきを持つ人々の回復を支援するためには「わかったふり」をすることではなく、対話を行い、「わかろうとする」「歩み寄る」という水平の関係が重要だと教わりました。「支援者」と内包する権力性を含む自分の内部からわいてくるものに耳を傾け、上下関係を押しつけたり自身がカリスマの立場にたつことについて慎みを持つべきであると学びました。
この数年、私たちの社会は、新型コロナウィルス感染症の脅威にさらされて以降寛容の喪失によって分断され、他者への敬意を失っている気がします。努力している人や弱い立場の人への理不尽な振る舞いの多くに心を痛めている人がたくさんいます。
そして今年の初めの日には能登半島でまたしても大きな震災が起こり、多くの方々の苦しみが続いています。現地の苦労されている被災者の方々、支援を続けている数多くの人々を労うこともせず、冷徹な言動を行う者たち、少しだけやってきてできないことをあげつらう者たちが少なくないことに心を痛めています。
自らを含めて、阪神淡路、中越、東日本、熊本と組織から何らかの人的支援が行われた環境におりましたが、今回はそれが叶わないこたが大変心苦しいです。
「世界は心的外傷に満ちている。”心の傷を癒すということ”は、精神医学や心理学に任せてすむことではない。それは社会のあり方として、今を生きる私たち全員に問われていることなのである。」安克昌著「心の傷を癒すということ」より
困難とは決して他人ごとではなく、その方と私との間に横たわっているものであり、いつも自分がその立場に立つ可能性があることを忘れないでいたいと思います。そして、今現在進行形でさまざまな苦しみを抱え、もしくは回復の途上にある人々の平安を心からお祈りいたします。
弊法人も行なっている日本赤十字社への募金案内はこちらから→ https://www.jrc.or.jp/contribute/help/20240104/
最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。
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