感染症予防法等改正案

 今から114年前の1907年、「癩予防ニ関スル件」という名の法律が公布されました。かつて重大な感染症であるとされたハンセン氏病にり患した人々の隔離に国が踏み切った端緒の法律です。その契機の1つは1897年の国際会議で、ハンセン氏病が感染症であり、その予防策として隔離がよいと確認されたことであり、もう 1 つは日清・日露戦争に勝利して一躍世界の中で存在感を増したわが国が、アメリカの新聞に、日本でハンセン氏病患者が放置されていることを「日本帝国ノ威光ヲ増減セシムヘキ重大問題」と報道されたからであったとされています。帝国議会でも国の威信をかけて、国策の確立を求める質問がされました。新聞も「我邦は癩病患者の数に於て印度に次ぎての多数を有し、人口の割合を以てすれば世界第一の癩病国なり、此の事実に国家の恥辱なり」(東京日日新聞)と断じ、世論に影響を与えました。感染症のコントロールが行えないことにより「国家としての面子」がたたないと考えられたのです。

 1907年に成立した法は、最初は資力のない放浪患者の隔離から始まりましたが、放浪患者を管理するには警察官出身者が適切と判断されて医療の一部に警察が大きくかかわるようになりました。そして数次にわたる法改正がおこなわれ、全患者の絶対隔離への方針転換がなされ、療養所入所者に対しては警察権のない所長に懲戒検束権が付与されました。絶対隔離政策の推進は、ハンセン氏病への恐怖とそれによる差別を拡大し、国家による重大な人権侵害が引き起こされた背景になりました。今日、この政策に対しては歴史による裁断が下り、国が過ちを認めて被害を受けた人々に謝罪と補償をするに至っています。

 報道によれば、今国会で審議される新型コロナウイルス特別措置法と感染症法の改正案では、病床確保のために国や都道府県知事が医療機関に「協力を求めることができる」とする感染症法の規定を「勧告できる」に強め、勧告に従わなければ施設名などを公表できるようにするということです。さらにり患者が入院措置や行動歴調査を拒否した場合には懲役や罰金といった刑事罰を科す規定も盛り込まれているそうです。刑事罰を行使するには警察官が対象者のもとに出向く必要があり、かつてハンセン氏病り患者の居住先へ行われた「刈り込み」と誤った情報の拡大が復活する懸念があり、かえって感染症の蔓延を引き起こすのではないかという恐れがあります。日本医学会連合も、「感染症法等の改正に関する緊急声明」を出しています。
https://www.jmsf.or.jp/news/page_822.html

 是非、厚生労働省によるハンセン氏病問題についての最終報告書を読んでいただき、冷静な議論をお願いしたいと思います。https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/hansen/kanren/4a.html

 
 
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