チームでアドヒアランスを考える


先日「チームでアドヒアランスを考える」というセミナーで司会を担当させていただきました。会場には100名を超える方がご来場下さいました。

医療の立場からアドヒアランスを考えるというテーマで私は医師の立場から発表し、その他に薬剤師の立場の方、作業療法士の立場の方、看護師の立場の方のご発表がありました。日下部記念病院の病棟での多くのスタッフによるクライエントパスの取り組み、作業療法とは activity therapy だけではなく occupational therapy であり、それは人生や大切にしているもののためのワークであるという山梨県立北病院のスタッフの方のお話はどちらもとても刺激的でした。

セッションの後半では、地域の施設で働いておられるPSWの方からのコメントもありました。その方は地域移行支援員をやっているが、ケースカンファランスにご本人が現れないことがあり、大切にされていないのではないか、と感じる。というご意見には身が引き締まりました。フロアからもご意見をいただきましたが、先輩の医師の方からは次のようなコメントを頂戴しました。

精神科の治療は検査がないと思われがちだが、実は最大のデータがある。それは、患者さんが治療によって自分が得をしたり、効果がある、生活が豊かになる、こういうことを実感するかどうかであって、その評価によらなければ患者さんは来なくなる。そのデータを生かさない手はない。

最後にアドヒアランスとは何か、というご質問をいただきましたが、地域スタッフの方からのお答えは

誰でも人を大切にすること。たとえ、その人本人が自分を大切にできていなくても、その人を大切にすること

というものでした。思わずぐっときてしまいました。

耳慣れない舶来の言葉は便利ですが、共有するのが難しいかもしれません。大切なのはその言葉を自分のものとして自分の言葉であらわすことができるようになることである、またはその舶来の言葉で表わされている、本来いろんな人の心の中にしまわれているスピリットなのだ、とあらためて思いました。

最後までお読みいただいた方、どうもありがとうございました。