シュワーボ!オスタニ!

日本サッカーに偉大な足跡を残したイビチャ・オシム元日本代表監督が亡くなったとの報に接しました。80歳でした。

戦禍のサラエボで生まれ、サッカーをプレイし、その後、監督として人々にサッカーを単なるスポーツの一つとしてではなく、人間の至高の表現の一つであり、日々の営みの果実であり、人生への向かい方そのものであると、ヨーロッパで、世界で、そしてJEF千葉市原で、日本代表で、私たちに伝え続けてくれたサッカー界の恩人です。

サッカー日本代表を率いていたときには、発展の途上で脳卒中に倒れたイビチャ・オシム元日本代表監督。的確な治療とねばり強いリハビリ、さまざまな人々の支援をえて回復され、先のワールドカップ2010でも奥深い解説をきかせてくれました。私のフットボール観、人生観にも大きな影響を与えてくださり、このブログでも何度か取り上げさせていただきました。

日本精神科病院協会雑誌にも書かせていただきました2013.10.2
https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2013/10/02/blog-1298/

回復に必要なもの2010.10.26
https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2010/10/26/blog-482/

ワールドカップ開幕2010.6.11
https://sumiyoshi-kaisei.jp/blog/2010/06/11/blog-550/

オシム氏は多くの語録を遺されました。

・人生は一度きりしかない。もし、まったくエゴイストとして生きるなら
 ストレスも減ることだろうが、人生とはそういうものではないはずだ。
 自分だけでなく、他人も自由に生きることができなければならない。
 自分だけでなく、家族や友人や同僚と、共に生きる。

・モチベーションを上げるのに大事だと思っているのは、選手が自分たちで
 物事を考えるのを助けてやることだ。自分たちが何をやるか、どう戦うの
 かを考えやすくしてやる。まずは自分たちのために自分たちのやれること
 をやり切るということを大事だという話しをする

・システムに選手をあてはめるのではなく、チームが一番力を発揮できる
 システムを選手が探していくべき

・限界には限界はありません。限界を超えれば、次の限界が生まれるのです。

・大事なことは、昨日どうだったか、明日どうかではなく、今日一日を大切
 にすること。

・やったことが返ってくるのが人生というもの。

・限界には、限界はありません。限界の定義は何だと思いますか。限界を
 超えれば、次の限界が生まれるのです。

・だれの真似もする必要はない。自分たちの道を探さなければならない。

・サッカーの試合とは絶対に一人では成立しない。君たちの人生も同じ
 じゃないか。

・リスクを負わない者は勝利を手にすることができない

・(サッカーの可能性とは何か?という問いに答えて)「一緒に生きられると
  いうこと。一緒に遊び、プレーすること。それで戦争を忘れられる。また
  ここの民族は一緒にやれる」

1992年、ユーゴ崩壊によりボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボがクロアチア、セルビアによって包囲されたとき、オシム氏はサラエボに妻と娘を残したまま、故郷を攻める勢力の片方、セルビアにあるパルチザン・ベオグラードを監督して優勝へと導きました。しかし、故郷が戦火にまみれているその時、もはやオシム氏は辞めるより他に道はなく、ユーゴスラビア代表監督も同時に辞することにしたのです。そして別れを告げようとするオシム氏にチームの選手たちが叫びました。「シュワーボ、オスタニ! シュワーボ・オスタニ!」。意味は「ドイツ野郎、残れ」でした。
そこに至るまで、オシム氏は血で血を洗う憎悪のるつぼとかした旧ユーゴスラビアの民族間の感情の中、自らの生命的危険を顧みることなく、ただそれぞれの選手の実力をのみ評価して起用してきました。そして、さまざまな民族からなるチームの選手たちから発せられた「シュワーボ!オスタニ!」にはオシム氏のサッカーに対する限りない敬意が込められていたのでしょう。

ロシアとウクライナの戦争など、世界が憎しみで分断されている今こそ、オシム氏にメッセージを発出してほしかったです。

偉大な先生のご冥福を心からお祈りいたします。